東京地方裁判所 昭和47年(ワ)871号 判決 1974年7月16日
甲・乙・丙号事件原告 小出ヲユキ
丙号事件原告 藤坂与曽衛
右両名訴訟代理人弁護士 中根宏
同 落合光雄
同 大谷昌彦
甲号事件被告 大塚製薬株式会社
右代表者代表取締役 大塚正士
乙号事件被告 後藤陸一こと 後藤陸市
乙号事件被告 後藤良三
右三名訴訟代理人弁護士 吉原省三
同 吉原弘子
同 川端楠人
右吉原省三復代理人弁護士 笹井保大
丙号事件被告 群馬県共済農業協同組合連合会
右代表者理事 渡辺寿雄
右訴訟代理人弁護士 大橋堅固
右復代理人弁護士 広田富男
同 山川洋一郎
丙号事件被告 小林はつ
丙号事件被告 藤坂美知枝
右両名訴訟代理人弁護士 片山繁男
同 片山和英
主文
壱 丙号事件被告小林はつは丙号事件原告藤坂与曽衛に対して五拾万円およびこれに対する昭和四拾六年四月弐拾六日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
弐 甲・乙・丙号事件原告小出ヲユキの甲号事件被告大塚製薬株式会社、乙号事件被告後藤陸市、同後藤良三、丙号事件被告群馬県共済農業協同組合連合会、同小林はつ、同藤坂美知枝に対する請求をいずれも棄却する。
参 丙号事件原告藤坂与曽衛の丙号事件被告群馬県共済農業協同組合連合会、同藤坂美知枝に対する請求、同小林はつに対するその余の請求をいずれも棄却する。
四 訴訟費用については、丙号事件原告藤坂与曽衛と丙号事件被告小林はつとの間では、同原告に生じた費用の弐分の壱は同被告の負担、その余は各自の負担とし、甲・乙・丙号事件原告小出ヲユキと同事件被告らとの関係および丙号事件原告藤坂与曽衛と丙号事件被告群馬県共済農業協同組合連合会、同藤坂美知枝との間ではいずれも右各原告の負担とする。
五 本判決第壱項は仮に執行することができる。
事実
第一当事者の申立
一 甲・乙・丙号事件原告小出ヲユキ
(一)1 甲号事件被告大塚製薬株式会社(以下被告会社という。)、乙号事件被告後藤陸市(以下被告陸市という。)、同後藤良三(以下被告良三という。)に対する請求
被告会社、同陸市、同良三は各自甲・乙・丙号事件原告小出ヲユキ(以下原告小出という。)に対し、一四、五八八、六四八円およびうち一三、五〇八、六四八円に対する被告会社は昭和四六年一二月一一日、被告陸市、同良三は同四七年二月一三日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は右被告らの負担とする。
2 被告会社に対する予備的請求
被告会社は原告小出に対し三、〇〇〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和四六年四月二六日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告会社の負担とする。
(二) 丙号事件被告群馬県共済農業協同組合連合会(以下被告連合会という。)、同小林はつ(以下被告小林という。)、同藤坂美知枝(以下被告美知枝という。)に対する請求
被告連合会、同小林、同美知枝は各自原告小出に対し三、〇〇〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和四六年四月二六日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は右被告らの負担とする。
(三) 被告会社、同連合会、同小林、同美知枝に対しては仮執行の宣言。
二 丙号事件原告藤坂与曽衛
被告連合会、同小林、同美知枝は各自丙号事件原告藤坂与曽衛(以下原告与曽衛という。)に対し、一、〇〇〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和四六年四月二六日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は右被告らの負担とする。との判決ならびに仮執行の宣言。
三 被告ら
(一) 原告らの請求をいずれも棄却する。
(二) 訴訟費用は原告らの負担とする。
との判決。
第二当事者の主張
一 原告小出の被告会社、同陸市、同良三に対する請求原因(甲、乙号事件、以下請求原因一という。)
(一) 事故の発生
藤坂武志(以下武志という。)は次の交通事故(以下本件事故という。)によって昭和四六年四月一三日に死亡した。
1 発生日時 昭和四六年四月六日午後一一時五分頃
2 発生地 前橋市国領町二丁目二番四号先国道一七号線上
3 加害車 普通乗用自動車(群五五す九三〇五号、以下被告車という。)運転者 被告良三
4 事故の態様 被告車が横断歩行中の武志に接触した。
5 事故の結果 武志は脳挫傷の傷害を受け、前橋赤十字病院に入院治療中に死亡した。
(二) 責任原因
1 被告会社
(1) 被告車は被告陸市の所有するところであったが、被告会社は、被告良三が被告車を同被告が居住する被告会社の寮と被告会社との間の通勤に利用するほか、被告会社の業務上の目的で外出・出張する場合にも使用することを認め、被告会社所有の自動車を利用させる代りに被告車を使用させていたものであるから、被告車を自己のため運行の用に供していた者として、自賠法三条により、本件事故によって原告小出に生じた損害を賠償する義務がある。
(2) 被告会社は、被告良三を使用し、被告良三が被告会社の業務の執行中、すなわち被告良三は被告会社で残業後、同じく居残りの被告会社従業員を被告車で自宅まで送り届けた後、被告会社の寮へ帰る途中、最高速度違反等の過失によって本件事故を発生させたから、民法七一五条一項により、本件事故によって原告小出に生じた損害を賠償する義務がある。
2 被告陸市
同被告は、被告車を所有し、自己のため運行の用に供していたから、自賠法三条にもとづき本件事故によって原告小出に生じた損害を賠償する義務がある。
3 被告良三
同被告は、被告車を被告陸市から借り受け、自己のため運行の用に供していたから、自賠法三条にもとづき、本件事故によって原告小出に生じた損害を賠償する義務がある。
(三) 損害
原告小出は本件事故によって次のとおり損害を蒙った。
1 扶養利益の喪失による損害 九、五〇八、六四八円
(1) 原告小出は、昭和四五年四月頃埼玉県所沢市の飲食店で働いていたが、同店に客として出入していた左官兼運転手武志と知り合い、同年八月下旬頃同棲関係に入った。当時武志は、妻である被告小林との離婚の届出をしていなかったが、同被告との夫婦共同生活は既に解消され、いわゆる外縁関係にあった。原告小出と武志は、同年一一月東京都葛飾区金町二丁目一三番五号第一二葉荘に転居し、武志は同区柴又において左官業を営む皆川昌儀方に左官兼運転手として勤務して収入を得、原告小出は、主として武志の右収入によって主婦として家計を賄って、夫婦共同生活を続けた。右両名は実態において完全な夫婦関係にあったが、婚姻届出の手続をしなかったため、法律上は内縁関係であった。
(2) 原告小出と武志の結婚に当っては、特に挙式等を行なわなかったが、そのことは武志のような社会的地位にある者にとっては異例のことではなく、武志は、昭和四五年一二月一四日被告小林との協議離婚の届出を済せると共に、原告小出を実妹である市原良子その他親戚・知人に妻として披露しており、また、右両名が夫婦として終始起居を共にしていたことは前記第一二葉荘の家主外多数が目撃するところであった。
武志は昭和四六年一月から三月までの間休日のほかはすべて東京都内で就労しており、同四五年一二月一四日以降二ないし三度前橋市内において入院中の実父である原告与曽衛の見舞のため前橋市へ赴いたことはあるが、被告小林宅に滞在するようなことはなかった。
(3) 武志は、昭和四六年四月二日午後九時頃実父を前橋市内の病院に見舞うため東京を出発し前橋市に赴いたものであるが、同月六日夜右の見舞を済ませ、前橋市下小出町二一二番地の実父宅に向う途中本件事故に遭ったものである。
(4) 武志は、事故当時前記皆川方に左官兼運転手として勤務し、月額平均八四、三三三円の収入を得ていたところ、同人の生活費は右収入の三分の一を超えないから、原告小出は右残額によって扶養を受けていた。武志は、事故当時三四才九ヵ月の男子で、少なくとも六〇才に達するまで右勤務先で右金額以上の収入を得、その三分の二で原告を扶養し続けた筈である。そうすると、原告小出は、本件事故により以後二五年間少なくとも毎月五六、二二二円の扶養を受ける利益を喪失したことになり、ライプニッツ式計算法によって年五分の割合による中間利息を控除した現価九、五〇八、六四八円の損害を蒙った。
2 慰藉料 四、〇〇〇、〇〇〇円
原告小出は武志の内縁の妻であるから民法七一一条所定の配偶者に準ずる者というべく、武志の死亡によるその精神的苦痛を慰藉するためには、前記金員をもって相当とする。
3 弁護士費用 一〇八、〇〇〇円
原告小出は、本訴請求に当り、請求額の八分相当額の右弁護士費用を要した。
(四) 結論
よって、原告小出は、被告会社、同陸市、同良三の各自に対し、一四、五八八、六四八円および弁護士費用損害額を除いた内一三、五〇八、六四八円に対する被告会社は同被告あて甲号事件訴状送達日の翌日である昭和四六年一二月一一日、被告陸市、同良三は同被告らあて乙号事件訴状送達日の翌日である昭和四七年二月一三日から支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 原告小出の被告会社に対する予備的請求原因(甲号事件以下請求原因二という。)
(一) 支払約束
被告会社は昭和四六年四月一六日原告小出に対し、同被告において本件事故にもとづく損害賠償金一切を同原告およびその他の権利者に支払う旨約束した。右賠償金元本および遅延損害金は前記請求原因一において主張したとおりであるから、同被告は右金員を支払う義務を負う。
(二) 債権侵害
被告会社は、被告良三のほか篠原義忠、今西某を各使用している。被告良三および篠原、今西は、原告小出が武志の事故により前記の損害をうけた結果、加害者たる被告陸市と被告連合会間の被告車についての自賠責共済契約にもとづく共済金少くとも三、〇〇〇、〇〇〇円の正当な被害者請求権者であり(その根拠は後記二(三)(四)のとおりである。)、被告美知枝は後記二(三)3ないし5のとおり右の請求権者でないか、少くとも原告小出よりは劣後的な順位にあることを知り、または知り得べきであったにもかかわらず、不法にも加害者被告良三と被告美知枝との間で本件事故による損害賠償に関し示談書を作成せしめたうえ、右今西が共済金請求の事務手続を代行して右共済金五、二〇七、五〇二円を被告美知枝に受領させ、もって原告小出にその取得すべき三、〇〇〇、〇〇〇円の自賠責共済金の請求権を失わしめ右同額の損害を加えたものであって、右は、被告良三、篠原、今西が被告会社の職務を行なうにつきなされたから、民法七一五条一項により原告小出に対し右の損害(三、〇〇〇、〇〇〇円)を賠償する義務がある。
よって、原告小出は被告会社に対し右三、〇〇〇、〇〇〇円およびこれに対する損害発生の日たる昭和四六年四月二六日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
三 原告小出、同与曽衛の被告連合会、同小林、同美知枝に対する請求原因(丙号事件、以下請求原因三という。)
(一) 事故の発生
武志は請求原因一(一)記載のとおり昭和四六年四月六日本件事故に遭い、同月一三日死亡した。
(二) 自賠責共済契約の締結
被告連合会は、昭和四五年一〇月三日白郷井農業協同組合(以下白郷井農協という。)を通じ、被告車について被告陸市との間で、被保険者を同被告とする自賠責共済契約を締結した。仮に、右共済契約の当事者が契約書上被告連合会ではなく、白郷井農協であるとしても、白郷井農協は、書類の取次等をするだけで、損害額の査定、共済金の支払等の事務をすべて被告連合会に委ねており、被告連合会が、表面上の形式にかゝわらず、共済契約の当事者である。
(三) 共済金請求権者
1 原告小出の損害
原告小出は請求原因一(三)1(1)ないし(2)記載のとおり、武志の内縁の妻であり、本件事故により、請求原因一(三)1および2記載のとおりの損害を蒙った。
2 原告与曽衛の損害
原告与曽衛は武志の父であり、本件事故により精神的損害を受け、その損害に対する慰藉料額は一、〇〇〇、〇〇〇円を下らない。
3 被告美知枝の損害
被告小林はかつて武志の妻であって昭和四五年一二月一四日離婚したものである。
被告美知枝は、昭和二九年二月六日星野賢寿および富沢つるの二女として出生し、同年一〇月七日青木清および青木はつ(被告小林はつ)夫妻の養子となり、さらに被告小林が青木清と離婚し、昭和三五年三月一六日武志と婚姻するに際し、武志の養子となり、武志と被告小林との前記離婚の時に、その親権者を被告小林と定められたが、戸籍上武志との養親子関係は解消されなかった。しかし、被告美知枝は、少くとも事故時において武志と親子としての愛情関係も抄養関係も存しなかったから、武志の死亡によって損害を蒙ったとは断言できず、仮に損害があったとしても、その額は一、〇〇〇、〇〇〇円を超えるものでない。
4 原告小出、同与曽衛、被告美知枝の自賠責共済金請求権の成否
自賠法の目的からして、被害者死亡の場合の自賠責共済金の請求権者は、誰が損害を蒙ったかを専ら実質的に判断することによって決定されるべきで、被害者との間で戸籍等の形式的な法律関係がある者でも実質関係を伴なわない限り共済金請求手続においては排除されるか、ないしは劣後的に取扱われるべきである。この点に関する限り、共済金の被害者請求権者の範囲は労働者災害補償保険法(以下労災保険法という。)一六条の二の遺族補償年金受給権者の範囲と同一に解すべきで、そうすると、右の請求権者は原則として「死亡の当時その収入によって生計を維持していた」者であり、子については右要件のほか「一八才未満である」者に限られるべきである。
本件において、原告小出が右の共済金の被害者請求権者に該当することは明らかである。
原告与曽衛は他から生計の援助を受けておらず、武志よりしばしば見舞を受けているから、同原告は、労災保険法一六条の二の要件を充す。同原告が医療保護を受けていたのは、武志に入院費負担能力がなかったためであるから、右要件充足の妨げとならない。また、同原告は武志の死亡により現実に精神上の損害を受けたから、いずれにしても同原告が請求権者であることは疑いない。
ところが、被告美知枝は戸籍上武志の養子とされているだけで、労災保険法一六条の二の要件を充さないから、同被告は請求権を有しないか、又は劣後的に扱われるべきである。
5 右三名の自賠責共済金額
自賠責共済金の被害者死亡の場合の限度額は五、〇〇〇、〇〇〇円であるところ、本件においては原告小出、同与曽衛、被告美知枝(武志の死亡によって損害を蒙ったとする。)が前記損害額を按分して自賠責共済金を被害者請求により取得すべきであるが、仮りに被告美知枝に最も有利に取り扱い、原告小出の扶養利益の喪失損害および慰藉料の一部を劣後的に扱ったとしても、その配分額は、原告小出は三、〇〇〇、〇〇〇円、原告与曽衛は一、〇〇〇、〇〇〇円、被告美知枝は一、〇〇〇、〇〇〇円となる。
(四) 債権侵害
被告小林、同美知枝は、原告らが前記自賠責共済金についての正当な被害者請求権者であること、右共済金から右配分額を超える金額を受領することにより、超過分について原告らが共済金請求権を喪失することを知りながら、被告小林は、同美知枝の法定代理人として被告良三との間に五、二〇七、五〇二円の支払を内容とする本件事故の損害賠償に関する示談を成立させ、被告良三より加害者請求の手続により白郷井農協を通じて被告連合会に共済金の支払の請求をさせた。
被告連合会は共済金支払のための損害額査定に当り、共済金請求権者および損害額について十分な調査をしたうえで、権利者に保険金を支払い、誤払によって請求権者に損害を与えないようになすべき注意義務があり、本件においては藤坂栄造らに対する事情聴取等の簡単な調査を行なえば、原告小出が武志の内縁の妻、原告与曽衛が同人の父であり、原告らが武志の死亡によってそれぞれ損害を蒙り、共済金の正当な請求権者であることを知り得たにかかわらず、これを怠った過失によって被告良三からの共済金請求の受理日の僅か数日後である昭和四六年四月二六日被告良三に共済金五、二〇七、五〇二円を支払った。これにより右被告らは共同して、原告小出が共済金から三、〇〇〇、〇〇〇円、同与曽衛が同じく一、〇〇〇、〇〇〇円の支払を受け得る権利を喪失させた。
(五) 共同不法行為
右被告らは、原告らの被告連合会に対する共済金請求権侵害として民法七〇九条により損害賠償義務を負うところ、右被告らの各債務は不真正連帯の関係に立ち、右被告らは各自前記損害賠償義務を負う。なお、右被告らの右不法行為は、その余の被告らに対する損害賠償請求権の存否とは法律上独立であって、後者が存在する場合でも、現実にすべての損害が填補されない限り成立するものである。
(六) 結論
よって、原告小出は被告連合会、同小林、同美知枝の各自に対し三、〇〇〇、〇〇〇円、原告与曽衛は右被告ら各自に対し一、〇〇〇、〇〇〇円および右各金員に対する被告連合会が被告良三に本件共済金を支払った日である昭和四六年四月二六日から各支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
四 原告与曽衛の被告小林に対する予備的請求原因(丙号事件、以下請求原因四という。)
かりに被告小林の前記債権侵害が認められないときは次のように主張する。
原告与曽衛は、昭和四六年四月一六日被告小林に対し、同原告の代理人として同原告の被告良三に対する本件損害賠償請求に関し被告良三との間で示談を行ない、示談金を受領すること等を委託したところ、被告小林は、これに応諾し、その頃右委託の趣旨にしたがい被告良三との間で、被告良三は本件事故にもとづく損害賠償として被告美知枝(被告小林は被告美知枝の代理人の地位を兼有していた。)および原告与曽衛に対し武志の医療費のほか五、〇〇〇、〇〇〇円を支払う旨の示談を成立させ、同年四月一九日被告良三から右示談金五、〇〇〇、〇〇〇円を受領した。
ところで、原告与曽衛は、本件事故によって少なくとも一、〇〇〇、〇〇〇円の損害を受け、他方被告美知枝の本件事故による損害額は一、〇〇〇、〇〇〇円を超えないから、どのように見積っても、原告与曽衛の右示談金からの取得分は一、〇〇〇、〇〇〇円を下ることはなく、また、右一、〇〇〇、〇〇〇円は、遅くとも被告小林が被告良三から五、〇〇〇、〇〇〇円を受領した日の後である昭和四六年四月二五日には引渡すべきである。
よって、原告与曽衛は被告小林に対し、被告小林が右委任事務の処理に当って被告良三から受け取った賠償金一、〇〇〇、〇〇〇円およびこれに対する引渡日の翌日である昭和四六年四月二六日から支払済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
五 被告会社、同陸市、同良三の請求原因一に対する答弁および主張
(一) 答弁
1 請求原因(一)の事実は認める。
2 同(二)1(1)の事実中、被告車の所有名義人が被告陸市であることは認めるがその余は否認する。同(二)1(2)の事実中、被告会社が被告良三を使用していることは認めるが、その余は否認する。すなわち本件事故は、被告良三が、被告会社の業務終了後友人宅を訪問し、その帰途において発生したもので、被告良三の私用中の事故である。また、被告会社は、被告良三が被告車を通勤用に用いることを承認したことはないし(そもそも被告良三が居住する被告会社の寮は、被告会社の構内にあって、社屋から約二メートル離れているのみで、被告良三が自動車で通勤することはあり得ない。)、被告会社の業務のために使用させたこともない。
3 同(二)2の事実は争う。ただし、被告車の所有名義は被告陸市にあるが、実際は被告良三の所有で同被告が被告車を保管使用し、自己のため運行の用に供していたものである。(その詳細は後記(二)1のとおりである。)
4 同(二)3の事実中、被告良三が被告車を自己のため運行の用に供していたことは認める。
5 同(三)1(1)の事実中、昭和四五年八月頃武志と被告小林との夫婦共同生活が解消されていたとの点は否認し、その余は不知。
同(三)1(2)の事実中、武志が昭和四五年一二月一四日被告小林との離婚の届出をしたことは認める。武志が前橋に赴いたのは、実父の見舞のためであること、その回数が二ないし三度であること、その際被告小林宅に滞在したことはなかったとのことは否認する。すなわち武志は前橋に戻ったときは、必ず被告小林宅に帰り、被告美知枝と起居を共にした。その余の事実は不知。
同(三)1(3)の事実中、武志が昭和四六年四月六日夜事故に遭ったことは認め、その余は否認する。
同(三)1(4)の事実は争う。武志は飯場を転々としていたもので、原告小出主張のような収入を今後二五年もつづいて取得する見込はなく、またその殆どを酒代にあてていたから、原告小出を扶養できるはずはない。
6 同(三)2は争う。
7 同(三)3の事実は不知。
(二) 主張
1 被告陸市の被告車に対する運行支配・利益の不存在被告陸市は肩書地で農業を営む者、被告良三はその二男で、昭和四四年三月に高校を卒業し、同年四月被告会社に雇用された者である。被告良三は同四四年一月に運転免許を取得し、同四五年一〇月被告車を購入した。その際、被告陸市が地元の農業協同組合から金員を借り入れることができたので、同被告名義で被告車を購入したが、右借入金の返済は被告良三において行なっており、被告車は被告良三の所有である。被告良三は、被告車を同被告が居住している被告会社寮の敷地内に常置し、自己の遊びのためのみに使用していたものである。被告陸市は自動車免許を持たず、被告車の保管場所から約二五キロメートル離れた肩書地に住んでいて、被告車を自己のため運行の用に供していたものでない。
2 原告小出と武志間の内縁関係の不存在
武志と被告小林との婚姻関係は本件事故当時戸籍上は解消されてはいたが、後述のとおり、事実上は右両者の合意の下に内縁関係が継続されていたものであり、かつ右事情を原告小出が認識していたものと考えられるから、原告小出と武志との間に何らかの関係があったとしても、それは法的保護に値する内縁にはあたらない。
被告小林は、昭和三三年頃ダム工事の人夫をしていた武志と知り合い、同棲するようになったが、同被告の養女であった被告美知枝が学齢期を迎えたため、昭和三五年三月一六日武志と被告小林は婚姻し、武志と被告美知枝は養子縁組をなし、その旨各届出た。
その後も武志は、ダム工事の人夫をしていたが、同人は家族と離れて各地の工事現場を渡り歩き、半年位の間家に帰らぬことがしばしばあり、また賃金の大部分を酒代に使い、家に送金することはなかったが、被告小林は特に不満もいわず武志との間は円満であった。ところが武志の住所が被告小林方にあったので、同被告は武志に対する税金を納めなければならないことなどから、武志と被告小林とは、昭和四五年一二月一四日戸籍上は離婚の形をとるが、事実上は従前通りの夫婦関係を継続することとして離婚の届出をした。
右離婚届出後、武志はいつものとおり働きに出ることになり、同年一二月末に被告小林方に自己の調度品の一切を置き、手まわり品のみを持って同被告方より東京に働きに出た。しかし武志は以前からけい肺を患らっていて重労働に耐え得ないために、わずか二ヶ月位後の昭和四六年三月の初めには東京はいやだと言って同被告方に戻ってきた。そして地元の前橋で仕事を探すことにし、被告小林方に居住し、出稼ぎはやめる意思であった。
そのため、武志は前橋市内での就職先を求めていたが、本件事故当日も前橋市国領町三丁目一の一〇小松屋食堂において同店の経営者の知人より働き先を紹介され、その後被告小林宅へ帰る途中本件事故に遭ったものである。
右事故後、武志の看護、さらには同人の死亡による葬式の各一切は被告小林と同美知枝の二人が行ない、現に武志の墓は前橋市天川霊園内に小林家の墓として存在している。そしてその過去碑には「武志妻はつ」と赤字で彫りこまれている。
以上のとおり武志と被告小林とは武志の生前も死後も、共同生活の実態と意思を有していたのであり、離婚届は提出しても、夫婦生活の実質に変化はなかったものである。
一方原告小出は武志が死亡後、その葬儀の際に前橋に現われたが、その時まで被告小林はもとより子である被告美知枝も原告小出の存在を全く知らされていなかったが、原告小出は武志から妻子のあることを聞知していた。
原告小出と武志との間に何らかの関係があったとしても、その期間は約二ヵ月であり、結婚の儀式や披露は行なわれず、武志の住民登録は被告小林宅にあり、また生活の本拠も同被告宅にあったこと既述のとおりであるから、原告小出と武志が内縁関係にあったとはいえない。
3 過失相殺
本件事故現場は、前橋市国領町二丁目二番四号先国道一七号線上であるが、同道路はその付近では、幅員一五メートル(片側二車線)、両側に歩道があり、北方約一〇〇メートルの地点に横断歩道、南方約五〇メートルの地点に歩道橋がそれぞれあるが、横断禁止の場所ではなかった。付近に街灯はなく夜間は暗いが、交通量は多い。被告良三は、被告車を運転し、右道路を毎時約四〇キロメートルの速度で本件現場にさしかかったところ、横断歩道でない場所を武志が飲酒酩酊のうえ早足で斜め横断したことが一因で、本件事故が発生したものである。以上の事情は原告らの損害額を算定するに当って斟酌されるべきである。
4 被告良三の債権の準占有者に対する弁済
原告小出に本件事故にもとづいて慰藉料請求権があるとしても、被告良三としては、本訴提起時まで原告小出の存在を知る由もなく、被告美知枝および原告与曽衛のみが武志の死亡による損害賠償権利者全員の右権利を行使していたので、これらの者が慰藉料請求権者であると信じかつ信じることに過失なくして、右両名に総額で五、二〇〇、〇〇〇円以上を支払ったものであるから、原告小出の慰藉料請求権は、右の支払によって債権の準占有者に対する弁済があったものとして、消滅したというべきである。
なお、被告良三の右支払によって原告小出の債権が消滅しないとしても、右の事情は原告小出の損害額算定に当って斟酌すべきである。
六 被告会社の請求原因二に対する答弁
原告小出主張(一)の事実は否認する。
同(二)の事実中、被告会社が被告良三のほか篠原義忠、今西某を使用していること、被告小林が被告美知枝、原告与曽衛の代理人として被告良三との間で示談し共済金を受領したことは認めるが、その余は争う。
七 被告連合会の請求原因三に対する答弁および主張
(一) 答弁
1 請求原因(一)の事実は認める。
2 同(二)の事実中、被告連合会が被告陸市との間で本件共済契約を締結したことは否認する。右共済契約は白郷井農協と被告陸市との間で締結されたものである。なお、被告連合会は権限によって損害査定業務を行なってはいるが、共済金の支払に関して、被害者あるいは共済契約者との間には直接には法律関係を有しない。
3 同(三)1の事実中、原告小出が武志の内縁の妻であることは否認し、その余は争う。
4 同(三)2の事実中、原告与曽衛が武志の父で、同人の死亡により精神的損害を受けたことは認め、その額は不知。
5 同(三)3の事実中、被告小林がかつて武志の妻であったが、両名は昭和四五年一二月一四日に離婚したこと、同美知枝が原告ら主張の経過で武志の養子となり、武志と被告小林が離婚した際、被告小林が同美知枝の親権者となったことは認めるが、その余は争う。
6 同(三)4および5は争う。
7 同(四)の事実中、原告小出が共済金の正当な請求権者であること、被告連合会が共済金の支払の査定手続において非違があったことは否認し、原告与曽衛が慰藉料請求権者であったこと、被告小林が被告美知枝および原告与曽衛の代理人として被告良三との間で原告ら主張の示談を行なったこと、被告良三が昭和四六年四月二六日共済金五、二〇七、五〇二円を受領したことは認めるが、その余は争う。被告小林は、原告与曽衛および被告美知枝の代理人として被告良三と示談をし、被告良三は右両名代理人である被告小林に示談金を支払ったのであるから、被告連合会がその後損害の査定を行ない、それにしたがって白郷井農協が被告良三に共済金を支払ったことによって、原告与曽衛の右権利が害されるものではない。
8 同(五)は争う。
(二) 本件共済金の支払手続についての主張
被告良三(本件自賠責共済契約の被共済者)は、被害者である武志の相続人である被告美知枝、同人の父である原告与曽衛との間の示談にもとづいて昭和四六年四月一九日と同月二一日に右両名の代理人である被告小林に示談金五、二〇七、五〇二円(うち二〇七、五〇二円は医療費)を支払ったとして、白郷井農協に対し共済金支払請求をした。そこで、被告連合会が、提出書類(事故証明書、事故発生状況報告書、診療費明細書、診断書、領収書、示談書、委任状、印鑑証明書、戸籍謄本等)を審査したところ、被告良三が自賠法五四条の五第一項によって準用する同法一五条の要件に該当することが明瞭であるので、これにもとづき同月二六日白郷井農協は五、二〇七、五〇二円を被告良三に支払った。
ところで、武志の相続人は、被告美知枝のみであり、同被告が未成年者であるためその親権者である母被告小林が法定代理人として、また慰藉料請求権者である原告与曽衛も被告小林に対し損害賠償に関する一切の権限を委任したので、被告小林は、これにもとづき、被告良三との間で示談契約を締結し、示談金の支払いを受けたのである。以上の諸事実から右共済金の支払いは有効で、被告連合会が非難される筋合のものではない。
仮に、原告小出が武志の内縁の妻であったとしても、被告連合会が共済金支払いのための査定を行なうに当って、戸籍謄本から明らかな賠償請求権者のほかに請求権者がいることを特に知っている等の特段の事情がある場合は格別(本件では、被告連合会は原告小出の存在について何らの事情も知らなかったし、その点に関し相談を受けたことはない。)、通常は提出書類によって被共済者(加害者)の賠償請求権者への支払が確実になされたかを調査すれば足り、それ以上の調査を行なう義務を負うものではなく本件では、右の意味で要求される調査を尽くしたうえで、既述の共済金が支払われたものである。
八 被告小林、同美知枝の請求原因三に対する答弁
(一) 請求原因(一)の事実は認める。
(二) 同(二)の事実中、被告連合会が昭和四五年一〇月三日白郷井農協を通じ、被告車について被告陸市との間で自賠責共済契約を締結したことは認める。
(三) 同(三)1の事実は否認し、2の事実中、原告与曽衛が武志の父であることは認め、その余は争う。
(四) 同(三)3の事実中、被告小林が武志の妻であったが原告ら主張の日に離婚したこと、被告美知枝が原告主張の経過で武志の養子となり、武志と被告小林が離婚した際、被告小林がその親権者となったことは認めるが、その余は争う。被告小林と武志の離婚は武志の債権者の追及を免れるためのもので、その後も両者は夫婦として生活していた。武志は生前被告美知枝とは離縁しないことを表明していた。
(五) 同(三)4および5は争う。
(六) 同(四)の事実中、被告小林が被告美知枝の代理人として原告ら主張の内容の示談を行ない金員を受領したことは認め、その余の事実および(五)はいずれも争う。
九 被告小林の請求原因四に対する答弁および主張
(一) 答弁
原告与曽衛が昭和四六年四月一六日被告小林に対し、原告与曽衛主張の趣旨の委任をし、被告小林がこれに応諾したこと、同被告が被告美知枝の法定代理人として被告良三との間で示談を成立させ医療費のほか示談金五、〇〇〇、〇〇〇円を受領したことは認めるが、原告与曽衛の代理人として受領したことは否認し、その余は争う。
(二) 債権放棄の抗弁
被告小林は、被告良三から受領した右示談金五、〇〇〇、〇〇〇円のうち四、七〇〇、〇〇〇円(三〇〇、〇〇〇円は武志の葬儀費用として支出した。)を被告美知枝に交付し、同被告が、昭和四六年四月二四日原告与曽衛にその旨報告したところ、同原告は同被告を通じ被告小林に対し、もっと取ってやりたいが我慢してくれと告げ、右示談金交付請求権を放棄したものである。
一〇 原告小出の被告ら主張に対する認否および反論
(一) 被告陸市主張の五(二)1(被告陸市の被告車に対する運行支配・利益の不存在)の事実は不知、被告会社、同陸市、同良三主張の同五(二)2(原告小出と武志間の内縁関係の不存在)の事実はすべて争う。
(二) 右被告三名主張の同五(二)3(過失、相殺)の事実中、本件事故現場が被告ら主張の国道一七号線上であったこと、現場付近の被告ら主張の所に横断歩道および歩道橋があったこと、現場は横断禁止の場所ではなかったこと、武志が横断歩道でない場所を横断したことは認め、本件事故発生直前の被告車の速度が毎時四〇キロメートルであること、武志が早足で斜め横断したことは否認し、その余は争う。右時速は法定最高速度四〇キロメートルをこえる六三キロメートルである。
(三) 被告ら主張の同五(二)4(債権の準占有者に対する弁済)の事実中、被告良三が被告美知枝に五、二〇〇、〇〇〇円以上を支払ったことは認め、被告良三が善意であったことは否認し、その余は争う。
(四) 被告連合会主張の七(二)(本件共済金の支払手続についての主張)の事実中、被告良三が被告美知枝の法定代理人被告小林との間で示談を行ない、医療費のほか示談金五、〇〇〇、〇〇〇円を支払ったこと、加害者請求手続によって被告連合会もしくは白郷井農協に対し共済金請求をしたこと、右請求にもとづいて共済金が被告連合会主張の日に支払われたことは認め、被告良三と原告与曽衛の間で示談が行なわれたこと、被告連合会は共済金の支払に当って提出書類の審査をすれば足りること、同被告が本件共済金の支払に当って調査義務を尽したとのことは争う。被告連合会は、損害査定手続においては実質的に権利者の存否を審査すべく、特に本件のように、被害者の家族が複雑であるときは、書類審査のほか適切な調査を行なうべきである。
第三証拠≪省略≫
理由
第一原告小出の各被告に対する請求(請求原因一、二、三)
一 被告会社、同陸市、同良三に対する自賠法三条、民法七一五条にもとづく損害賠償請求(甲、乙号事件請求原因一、二(二))被告連合会、同小林、同美知枝に対する民法七〇九条にもとづく請求(丙号事件請求原因三)
(一) 事故の発生
武志が昭和四六年四月六日午後一一時五分頃前橋市国領町二丁目二番四号先国道一七号線上を横断中被告良三が運転する被告車に接触し、同月一三日に死亡したことは当事者間に争いがない。
(二) 原告小出と武志の内縁関係の存否
1 事実
≪証拠省略≫によれば、次のとおりの事実を認めることができる。
(1) 武志の経歴等
武志は、昭和一一年七月一五日原告与曽衛と亡藤坂ツマ子の二男として出生し、昭和三一年頃被告小林と知り合い、間もなく同棲をはじめ、同三五年三月一六日被告小林との婚姻、同被告の養子であった被告美知枝との養子縁組の各届出をした。
武志は、同棲の当初から各地の建設工事現場を転々として工事人夫あるいは左官等として稼働し、同被告と継続して同居していたわけではなく、半月以上も留守にすることもあり、また収入を得ても飲酒等に費消し同被告に生活費を必ずしも十分に渡さないという状態で昭和四五年末に及んだ。
武志は、同年一二月一四日被告小林と協議離婚し、被告美知枝の親権者を被告小林と定めて届け出た。
(2) 原告小出の経歴等
原告小出は、本件事故当時四二才の女性で、かつて名古屋市内においてタクシー運転手と結婚生活を送ったこともあり、これと別れて昭和四五年頃は埼玉県所沢市内の飲食店で働いていた。
(3) 武志と原告小出との関係
武志は、昭和四五年八月頃埼玉県所沢市で工事人夫をしていたとき、原告小出の勤めていた前記飲食店に客として出入中同原告と知り合い、同年一二月一五日すぎ頃東京都葛飾区金町のアパートで同原告と同棲し、工事人夫をやめて東京都葛飾区内の皆川昌儀方で左官兼運転手として働き、毎月八万余円の収入を得た。また、原告小出においても、その頃右飲食店をやめ、金町のダンボール工場に工員として働き、毎月二〇日間稼働し、一日一、二五〇円の割合による収入を得ていた。このようにして少なくとも右両名の収入のうちから両名の生活費等が支出されていた。
ところが、武志と原告小出とは、両名が知り合った後武志の死亡に至るまでの間、このような共同生活のほかには、結納等の交換、結婚式、記念写真の撮影等内縁関係を外部に示すような行事一切を行なっておらず、わずかに武志がその後原告小出を武志の弟妹である藤坂栄造、同市原良子、同島崎美智子に紹介したにとどまったので、武志の父である原告与曽衛、武志の養子である被告美知枝らは本件事故による同人の死亡後まで原告小出が武志と同棲生活を送っていたことを知らなかった(武志が原告小出の親族らに夫として紹介されたと認めるに足りる証拠もない。)。もとより婚姻の届出をすることにつき合意もなかった。
(4) 事故発生の前後
武志は、昭和四六年三月末頃には、前記皆川方での左官兼運転手の仕事をやめ、同年四月二日から前橋市にある被告小林方に宿泊し、事故当日まで前橋市内で就職先を探していた。
武志は、本件事故当日午後六時頃本件事故現場近くの飲食店「小松屋」で知人と待ち合せ、午後一一時頃まで同人と飲酒し、その間「現在前橋市内の下小出町の町田アパートに住んでいるが、無職で、仕事を探している。」等といい、店主にも就職の相談をしていたが、午後一一時頃「家へ帰る。」と言って同店を出て、被告小林の住所の方向に向い国道一七号線を西側から東側へ向け横断しようとして本件事故に遭った。
(5) 武志の死亡
武志は、事故当日から前橋赤十字病院に入院し被告小林、同美知枝の付添い看護を受けていたが、昭和四六年四月一三日死亡した。
武志の通夜は、同日前橋市内の被告小林方において前記藤坂栄造、市原良子、島崎美智子夫婦、被告小林、同美知枝、被告小林の親族らによって行なわれ、翌日葬儀が営まれ、後に被告小林、同美知枝によって武志の墓石が建立された。
原告小出は、昭和四六年四月一三日武志が事故に遭って死亡した旨の連絡を受け、直ちに前橋市内の被告小林方を訪れ、武志の通夜および葬儀に参列した(原告小出が、その際被告小林らに対し、武志の妻であると名乗り出あるいは紹介されたことにつき、≪証拠省略≫は、≪証拠省略≫に照らし、右事実を肯認するに足るものではなく他に右事実を認めるに足りる証拠はない。)。
以上の事実が認められ(る。)≪証拠判断省略≫
2 評価
右の認実事実によれば、武志と原告小出とは昭和四五年一二月一五日すぎ頃から三ヵ月余りの間東京都葛飾区金町のアパートにおいて同居していたことは明らかであるが、その生活費は双方の勤労収入によるものであり、しかも武志の収入の方が原告小出より多いとはいえ、武志の従前の生活態度に照らし、そのうち、共同の生活費にあてる額が原告小出より多いとは断定できず、結局原告小出が武志から事故前現に扶養されていたとはいい難い。また同原告が将来において扶養を受ける可能性をみると、武志は事故の数日前から前橋市内の前妻被告小林方に泊り就職先を探し、かつ第三者に対し同市内に居住していると称していたことなどからみれば、武志は当分の間東京を離れ前橋市内で就労する意向であったことが窺われるのであって、この一事から直ちに武志と同原告との共同生活が解消したとまでは断定できないにせよ、その共同生活の永続性に疑問をもたせるものである。
そうすると、原告小出が将来にわたり武志の収入によって扶養を受けることができた筈であったとは認められないから、原告小出の扶養利益の喪失によって損害を蒙ったとの主張は採用することができない。
原告小出が武志に対する関係で民法七一一条にいう妻に準ずる地位にあったといい得るには、武志と原告小出が終生にわたって夫婦として生活を共同にする意思で、社会的にみて法律上の夫婦と同視し得る生活関係にあったことを要するところ、前記認定事実によれば、武志と原告小出との間柄は、双方の職業、年令、経歴、社会的地位を考えれば、男女の一時的な結合関係にすぎないと見る余地がかなりあり、到底これをもって夫婦と同視しうる関係とはいえない。
したがって、原告小出の武志の妻に準ずる者としての武志の死亡による慰藉料請求は失当であり、右のほか原告小出が武志の死亡によって慰藉料を請求し得る地位にあるとの主張・立証はない。
原告小出は、武志の死亡による扶養利益の喪失による損害賠償と慰藉料との請求権を有するとはいえないので、本訴請求(甲号事件)に当って弁護士費用を支出したとしても、それを本件事故による損害として甲号事件被告らに賠償を求めることはできない。
(三) 結論
してみると、武志の死亡によって原告小出が損害を蒙ったといえないから、本件事故による損害発生とこれに伴う自賠責共済金請求権取得とを前提とする原告小出の被告らに対する請求(被告会社に対する支払約束にもとづく請求を除く。)はいずれもその余の判断をするまでもなく、失当という他ない。
二 被告会社に対する支払約束にもとづく請求(甲号事件、請求原因二(一))
また被告会社において、本件事故に関し、被告小出に対し損害賠償金を支払う約束をしたとの点につき、≪証拠省略≫は、≪証拠省略≫に徴し採用しがたく、他にこれを認めるに足りる証拠はないから、原告小出の被告会社に対する支払約束にもとづく請求は理由がない。
第二原告与曽衛の被告連合会、同小林、同美知枝に対する債権侵害にもとづく損害賠償請求(丙号事件請求原因三)
一 原告与曽衛の債権取得
武志が昭和四六年四月六日本件事故に遭い、同月一三日に死亡したこと、原告与曽衛が武志の父であることはいずれも当事者間に争いがない。≪証拠省略≫によれば、同原告は武志の死亡によって精神的苦痛を蒙ったこと(このことは同原告と被告連合会との間では争いがない。)が認められるから、同原告は民法七一一条にいう父として加害者に対し武志の死亡による慰藉料を請求でき、これにもとづき加害者加入の自賠責共済契約による共済金につき被害者請求をなしうる筋合である。
二 示談の成立と示談金受領による右債権の消滅
原告与曽衛が昭和四六年四月一六日被告小林に対し、本件事故にもとづく右損害の賠償に関して示談交渉・妥結および示談金の受領等自己に属する一切の権限を行なうことを委任し、被告小林がこれを応諾したこと、被告小林は、その頃原告与曽衛を代理し、かつ武志の養女原告美知枝の法定代理人として被告良三との間で、「被告良三は原告与曽衛と被告美知枝に対して、本件事故による損害賠償として、武志の治療費のほか五、〇〇〇、〇〇〇円を支払う。原告与曽衛、被告美知枝は被告良三に対し、右のほかいかなる請求もしない。」旨の示談を成立させ、昭和四六年四月一九日被告良三から右示談金五、〇〇〇、〇〇〇円を受領したことはいずれも原告与曽衛と被告連合会との間では争いがない。
また右事実は、同原告と被告小林、同美知枝との間では、≪証拠省略≫により認められる。(被告小林が被告美知枝を代理して被告良三との間で示談を成立させたことは当事者間に争いがない。)。右認定に反する証拠はない。
ところで、右乙第六号証(示談書)には、被告良三は、被告美知枝の親権者である被告小林に五、〇〇〇、〇〇〇円を支払う旨、被告小林名下の印影の成立に争いがないので真正な成立を推認すべき乙第一〇号証(念書)には、被告美知枝の親権者である被告小林が被告良三に対し請求し、示談金を受領する旨の各記載がある。
しかし、それだからといって被告美知枝の法定代理人である被告小林(被告小林が被告美知枝の親権者であったことは当事者間に争いがない。)が、被告美知枝のみの代理人としての立場において被告良三との間で右示談をとげ、したがって、被告美知枝のみの代理人として示談金を受領したとは即断できない。
すなわち≪証拠省略≫を総合すると、本件事故を発生させた被告良三は、示談交渉を開始するに当って、その相手方とすべき者について弁護士と相談した結果、武志の養子である被告美知枝と武志の父である原告与曽衛を相手とすべき旨の示唆を得、被告美知枝については同被告が未成年者であったため、その親権者である被告小林と交渉することとし、原告与曽衛についても被告小林にその権限の委任を受けさせるべく、同被告らと共に原告与曽衛の印鑑の登録をしたうえ印鑑証明書の交付を受け、原告与曽衛から右登録印鑑の押捺された委任状の作成・交付を受けることによって、被告小林に、本件事故に関する原告与曽衛の右損害の賠償に関する前記権限を与えさせ、その頃被告小林との間で前記の示談書および念書を作成して示談を成立させたこと、被告良三および被告小林においては、右示談によって原告与曽衛の損害賠償についても示談が成立したとして、本件については一切の解決をみたと考えていたこと、被告連合会においても被告良三の自賠責共済金請求(加害者請求)に対する損害査定において同様の見解に立って共済金五、二〇七、五〇二円の支払をしたことがそれぞれ認められる。また、≪証拠省略≫によれば、前記示談書および念書の形式・内容の起案者は法律実務の専門家ではないと認められる。
このような示談の経過、右示談書および念書の作成経緯に鑑みると、右乙第六、第一〇号証に原告与曽衛と被告良三間の示談に関する条項が欠けていることをもって前記認定の妨げとすることはできない。
そうすると、原告与曽衛は、本件事故による損害賠償に関して加害者である被告良三との間で示談し、武志の医療費のほか被告美知枝分を含め五、〇〇〇、〇〇〇円の支払を受け、その余の請求を放棄したのであるから、原告与曽衛の本件損害賠償債権とこれにもとづく自賠責共済金の被害者請求権は、消滅したというべきである。
三 結論
被告連合会の右損害額査定および加害者請求による共済金支払は、右示談とこれにもとづく示談金支払とを前提としたものであり、その前提によると同原告の前記権利は消滅しているのであるから、右査定、支払によりこれが侵害されると解する余地はない。
被告小林の被告良三との示談成立および示談金の受領は、原告与曽衛の委任にもとづく委任事務処理としてなされた、権限にもとづく正当な行為であって、違法行為とは認め難い。
被告美知枝が被告小林と共に右各行為に及んだとしても、被告小林の行為が正当である以上被告美知枝が違法行為を行なったとして非難されるべき点はない。
したがって、原告与曽衛の被告連合会、同小林、同美知枝に対する債権侵害にもとづく損害賠償請求はいずれも理由がなく、失当である。
第三原告与曽衛の被告小林に対する委任契約にもとづく予備的請求(丙号事件、請求原因四)
一 委任契約の成立と示談金の受領
武志が昭和四六年四月六日本件事故に遭い、同月一三日死亡したこと、原告与曽衛が、武志の父として加害者に対し慰藉料を請求し得る地位にあったこと、原告与曽衛は昭和四六年四月一六日被告小林に対し本件事故にもとづく損害賠償に関し加害者との間で示談交渉、妥結、示談金受領等を委任し、被告小林はこれに応諾し(右委任の事実は当事者間に争いがない。)、その頃原告与曽衛および武志の相続人である被告美知枝(両名の他賠償請求権者はいない。)の代理人として加害者である被告良三と示談を成立させ同月一九日被告良三から武志の治療費のほか右両名分合せて五、〇〇〇、〇〇〇円の示談金を受領したことは既述のとおりである。
二 原告与曽衛に引渡すべき金額
(一) 委任契約の趣旨
被告良三と被告小林間および被告小林と原告与曽衛間のいずれにおいても、右受領にかかる五、〇〇〇、〇〇〇円のうちの原告与曽衛の取得額について特段の合意をしたと認めるに足りる証拠はない。しかし右の事実関係のもとにおいては、右五、〇〇〇、〇〇〇円を原告与曽衛および被告美知枝の加害者に対し賠償を求め得る総損害額(相続分を含む。)に按分した割合で分け、各自が自己の割合相当額を取得するとすることが当事者の意思に合致し、委任の趣旨にも沿うと考えられる。
(二) 被告美知枝、原告与曽衛の総損害額(相続分を含む。)
1 被告美知枝
≪証拠省略≫によれば、武志は事故当時三四才の男子で、事故の直前まで左官兼運転手として稼働し毎月約八四、〇〇〇円の収入を得ていたと認められる。よって武志は本件事故に遭わなければ、今後約三三年間にわたり、毎月少なくとも右と同額の収入を得たことが確実であるから、同人の生活費等の要支出額として収入の五割相当額を控除し、中間利息を年五分の割合によってライプニッツ式計算法に従い控除し、武志の得べかりし利益の喪失による損害額の現価を算出すると、八、〇六〇、〇〇〇円となる(一〇、〇〇〇円未満切捨)。≪証拠省略≫によれば、武志の相続人は被告美知枝だけであると認められるので、被告美知枝は武志の右損害賠償債権全額を相続によって取得したものである。
被告美知枝の武志死亡による慰藉料額は、本件事故態様、家族関係等の諸事情に鑑み五、〇〇〇、〇〇〇円が相当である。
≪証拠省略≫によれば、本件において、武志は夜間飲酒のうえ、幅員約一五メートルの国道一七号線中街路燈がなくしかも横断歩道でない場所を左右の安全を確認しないで斜に横断しようとしたものであり、武志のこの行動は被告良三が前方左右をよく見ないで時速五五キロメートルで被告車を運転したことと相まち事故発生の一因となったことが認められる。よって本件事故発生につき武志に過失ありといえるので、前記の事故発生の態様に鑑み、被告美知枝の右損害額のうち三割強を過失相殺によって減額し、その損害賠償債権を九、〇〇〇、〇〇〇円と定めるのを相当とする。
2 原告与曽衛
原告与曽衛が武志の死亡によって精神的損害を受けたことは既述のとおりであるが、武志の年令、家族関係等の諸事情に鑑みると、その慰藉料額は一、四五〇、〇〇〇円を相当とする。前記のとおり武志においても本件事故発生について過失があったから右損害額から三割強を過失相殺によって減額し、原告与曽衛の慰藉料債権額を一、〇〇〇、〇〇〇円と定めるのを相当とする。
(三) 引渡金額
右によれば、被告美知枝と原告与曽衛とが加害者に対して賠償を求め得る損害額はそれぞれ九、〇〇〇、〇〇〇円と一、〇〇〇、〇〇〇円であって、その割合は九対一と計算されるから、前記の理由によって原告与曽衛の前記示談金五、〇〇〇、〇〇〇円のうちの取得分はその一割相当額すなわち五〇〇、〇〇〇円である。
そうすると、被告小林は、原告与曽衛の代理人として右委任事務の処理に当って被告良三から五〇〇、〇〇〇円を受け取ったというべきであるから、民法六四六条一項によって右五〇〇、〇〇〇円を、右委任事務の内容に鑑み遅くとも被告良三からこれを受領した昭和四六年四月一九日の後である同月二五日までには原告与曽衛に引渡すべきものである。
三 債権の放棄
原告与曽衛が被告小林に対し右五〇〇、〇〇〇円の引渡請求権を放棄したと認めるに足りる証拠はない。
第四結論
以上の次第であるから、被告小林は原告与曽衛に対し五〇〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和四六年四月二六日から支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるから、原告与曽衛の被告小林に対する請求は右の限度で理由があり認容し、その余の請求を失当として棄却し、原告小出の被告らに対する請求、原告与曽衛の被告連合会、同美知枝に対する請求はいずれも失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担については、民事訴訟法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言については同法一九六条一項を各適用し、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 沖野威 裁判官 大出晃之 裁判官高山晨は転補のため署名押印することができない。裁判長裁判官 沖野威)